パーキンソン病の症状が進行する父と、家族の話。

自分らしさ研究所
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現在実家に帰省中の転勤族主婦・Utakoです。

先日、姉家族が実家に来ました。4歳の姪と2歳の甥がおり、久々に両親(姪&甥にとってはおじいちゃんおばあちゃん)に会いました。

新型コロナウイルスの影響で、しばらく会えない時間が続き、実に2年ぶりの再会でした。

新型コロナウイルスの影響で、2年ぶりの再会

私の父は、数年前にパーキンソン病を発症しており、コロナ禍で会わない間に症状が進行していていました。

電話やLINEでは伝わりにくかったのですが、動作がゆっくりになり、上手く歩けなくなったり、寡黙になってしまっていました。ここ数か月で、転倒してしまった父の姿も見ました。

現在の父は表情が乏しくて、時折、唸るような声を出すことがあります。(パーキンソン病の症状から、真っ直ぐ座骨を立てて座れず、頭が落ちた極度の猫背なので、声を出した方が呼吸しやすいようです。)

そんな父を見て、姪や甥は、「おじいちゃん、こわい」と言いました。

パーキンソン病の父を見て、「おじいちゃん、こわい」。

子どもの素直な反応だと思います。

想像以上に症状が進行した父と、父に対する子ども達の反応に、姉は悲しくなったそうです。

その時、父はどんな気持ちでいるのかわかりませんが、微笑んでいました。

自分が孫たちに恐がられていることよりも、素直で元気な孫たちの姿を見られたことの嬉しさのほうが、大きかったのかもしれません。

そうだったなら、私も安心なのですが…父の心の中はわかりません。

「おじいちゃん、こわくないよ」

笑って、そう言うことしかできませんでした。

相手が、小学生の甥(別の姉の子)だったら、「おじいちゃん、歩いたり、物を取ったりすることが難しい時があるから、困っていたら助けてあげてね」と言っていたと思います。

でも、それも父の前では言えないかも。

子どもたちの目に映る、”おじいちゃん”の姿

現在では、「パーキンソン病は完治することはない」と言われています。

そんな中でも、 身体が不自由になって愛情を伝えづらくなっても、孫たちを愛する気持ちを持っていることをわかって欲しいと思います。

それが伝わりにくいから、私達まわりの大人が教えてあげたいところ。

そして、父のような人や、障害や病気を抱える人、困難な状況にある人に対する思いやりを持つきっかけになれば良いなと思います。

そんなことを、母と話していました。

母や私達が、ここ数年の父の存在に、視野を広げられたからです。

パーキンソン病の父が与えた影響

ここ数年の父の存在は、母や私たちにも大きな影響を与えていると思っています。

まだ60代。車の運転を止め、杖をつくようになり…

少しずつ日常生活で出来ないことが増えていく父の様子を見るのは辛かったです。

父を一番身近で支える母は、最初本人よりも病気を受け入れることができず、悩み、沢山の本を読み漁り、専門家に話を聞いて学んでいました。

それと同時に、父は「指定難病」と診断されたことで、「自分は病人だ」と思い込み、できることすら自分でやらなくなってしまった時期がありました。

私達はというと、そんな両親が少しでも楽しみや嬉しさ、幸せを感じる時間を増やしていきたいと思っています。

また、父を支える母が無理しないように、お掃除隊や家事隊としてこちらも無理のない範囲で今後もちょこちょこ出動する予定です。

こうして、それぞれ巣立った子どもたちが、両親の存在の大きさや有難みを感じ、「当たり前じゃないんだ」ということを今の段階で再確認することができたのは、父がパーキンソン病を患ったからかもしれません。

母も、父の病気と向き合って、気づけた感覚や考え方が沢山あると、涙を滲ませながら話してくれました。

それでも、やっぱり。

父にパーキンソン病になんて、なって欲しくなかったです。

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